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それでも嫌いになれない母親、そしてまた捨てられました


父と私、二人の生活が始まりました。

3人家族

母子家庭

一人暮らし

父子家庭

たった数ヶ月でこんなに環境が変わっていたんですね。改めて書いてみると自分でもビックリです(^_^;f

しかも私は当時中学3年生

ひゃ~~受験生じゃないか
∑ヽ(゚∀゚;)


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でもまぁ、なんとか志望校に合格し、府立高校に入学することができました。

高校1年生のある日、私が電話に出た時のこと

もしもし、みい☆ちゃん?

その電話は母からの電話だったのです。

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ここまでのお話はこちら
  1. ホームレス中学生にはならなかったけど修学旅行前に母に捨てられました
  2. 捨てる神あれば拾う神あり?母親に捨てられた娘のその後
  3. 一人で生きていくこととは?母に捨てられた父と娘

父から聞いた母の言葉

「あの子は一人で生きていけるように育ててある」

聞いた時はとてもショックでした。

でも、それでも私は母を恨んだり嫌いになることはありませんでした。

母を恨むことは自分が捨てられたことを認めることになります。

「ママにはママの人生があるんだから」

そう、自分に言い聞かせていました。


それと、やっぱり母が大好きだったんでしょうね。子どもはみんなお母さんが大好きなんです。

父には悪いけど、そこは理屈ではどうしようもないところです。人間として、母親として、母は最低のことをしました。それでも電話で声を聞いた時にはうれしかったのです。


短い会話だったと思います。質問されるまま、どこの高校に入学したのか話し、最後に電話番号を教えてくれました。私は、母を責めるようなことはひとことも言いませんでした。

後から考えると、母からの電話はその時と、約10年後、祖父(母の父親)が亡くなった時の2回だけでした。いつも私の方から電話をしていました。


夏休みや春休みには母のところに遊びに行くようになりました。もちろん父の了解を得てのことですが、父は本当はいい気はしなかったでしょうね。それでも「行くな」とは言わずに気持よく送り出してくれていました。

高校卒業後もそうして年に1、2度、母に会いに行く状態が続いていました。母から電話がかかってくることは一度もありませんでしたが…


私が26歳の時、その頃私は一人暮らしをしていました。仕事やプライベートで色々あり、精神的にちょっと参っている時でした。

少し長い休暇を取り、母のところに行きました。父には本当に申し訳ないのですが、やっぱりそういう時には母親を頼ってしまいます。

母は私を置いて家を出てから男性と暮らしていました。その男の人にも子供がいました。私より一つ年下の男性と、年の離れた女の子の2人兄妹でした。

子供二人はお母さんと暮らしていました。でも、割と近くに住んでいて、しょっちゅう遊びに来ているようでした。


私が行った時には上のお兄ちゃんが来ていました。年も近いし話も合いました。なーんとなく恋愛関係になりそうな雰囲気に。。。

私は精神的に弱っていて、逃げこむように母のところに行ったということもあって、「このままこっちで暮らしたら母も近くにいるし楽かもなぁ」と考え始めていました。


そんなある日、朝起きると母がいません。
母が家を出て行ったのです!

母がいなくなり、他人ばかりの家で母の相手の男性から家出の理由を聞かされます。

思ってもみないことでした。そして私は「母に捨てられた」と思いました。


母の家出の理由は次回に。
トラコミュ
人生いろいろ。

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