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一人で生きていくこととは?母に捨てられた父と娘


私が中学生の頃のお話の続きです。
今までの経緯はこちら
                    ↓
  1. ホームレス中学生にはならなかったけど修学旅行前に母に捨てられました
  2. 捨てる神あれば拾う神あり?母親に捨てられた娘のその後


父のところに戻り、少し経った頃、母から連絡があり父が話し合いのために出かけて行きました。着慣れないスーツを着て…

entry_img_92.jpg


目を赤くして、疲れた表情で帰ってきた父。上着を脱ぎネクタイを緩めながら

もう、ママ帰ってくるつもりないみたいやわ。。。

えっ、お父ちゃん
まだママ帰ってくると思ってたんや!
∑ヽ(゚∀゚;)


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私は母のことは「ママ」父のことは「お父ちゃん」と呼んでいました。母は「ママ」「パパ」が良かったみたいなんですけど、父が照れて「お父ちゃん」になったみたいです。

。。。というどーでもいい情報でした(^_^;f


父も私も母の居場所を知りませんでした。この時父と母が会うことになったのは母から父に連絡をしたからです。

母の用件は
  1. 離婚届にハンコを押してほしい
  2. お金の工面
この2つだったようです。

父の話では、母は「離婚後、旧姓に戻らず姓はそのままにする」と言ったそうです。

父は旧姓に戻るならハンコを押すけど、そのままの姓を名乗るならハンコは押せない、つまり離婚はしないと答えたそうです。

これは父の話なので、真偽の程はわかりません。というのは、父は母を愛していたと思います。だから離婚はしたくなかったのかもしれないと私は思っています。

父は3年前に亡くなりました。結局父と母は正式に離婚することなく戸籍上は夫婦のままでした。

この時は私は子どもだったので、親権の話などは父から聞きませんでした。推測ですが、母は親権はいらないと答えたんだろうなぁと思っています。

大人になってから考えると、二人が離婚しなかったのは「私のため」なのかもしれません。

母はともかく、父は「みい☆が結婚するまでは離婚はしない」と言ったんじゃないかなぁと思っています。


もう一つはお金

母は私を置いて家を出た後、男の人と関東にいたようです。わざわざ新幹線代を使って大阪まで父に会いに来たのはお金のことがメインだったんじゃないでしょうか。

父から聞いたのは、母に「私の学資保険を解約してそのお金を自分に下さい」と言われたので断った、ということでした。

学資保険の解約を母が持ちだす前に

いくらかお金下さい!

なんで子ども置いて出て行ったヤツに金やらんなあかんねん!
(ノ#`Д´)ノ

そして。。。


みい☆ちゃんの保険があるやん!


アホか!あれはアカン!!!

みたいなやりとりがあったんじゃないかなぁ。。。
と、勝手に推測しています。


父は、母に「私を連れて行け」と言ったのだそうです。「子供には、特に女の子には母親が必要だから」と…

母は「それはできない」と、そして父に「高校卒業まででいいから面倒見てあげて。その後は一人で生きていけるように育ててあるから


さすがにその言葉はショックでした。
あ、私、一人で生きていかないといけないんや。。。


確かに、小さい頃から母は厳しい人でした。私はいつも母に怒られていました。母に褒められよう、褒められたいと頑張っていい子になろうとしていました。

料理も洗濯も掃除も、ひと通りの家事は小学校の高学年になると全て私がしていました。母に教えられたわけではなく、やってくれないから自分でやるしかなかったんですけどね。

給食服も体操服も自分で洗ってアイロンを掛けて学校に持って行っていました。

朝も起きてくれないので(仕事のせいもありますが)自分で起きて朝ごはんを作っていました。夜は1週間のうち、半分ぐらいは外食です。

だから、「身の回りのこと、家のことができる」という意味では一人でも生きていけたでしょう。実際に1、2ヶ月一人で生活はしていました。


でもね、「一人で生きる」ってそういうことでしょうか?15歳です。精神的な自立ができているわけがないのです。

結局、私の精神年齢はある意味その時のまま、15歳で止まってしまったような気がします。


父はそのことを泣きながら私に話しました。そして「自分は高校卒業したら出て行けなんて思っていない。結婚するまででも、いつまででも家にいればいい」と言ってくれたのでした。

そして最後に一言
もう、ママのことはあきらめ。。。

この言葉は私に向けて言った言葉ですが、父にとっては自分に言い聞かせる言葉だったのかもしれません。>>>続く
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